佐藤武夫(さとう たけお)

1899年-1972年 愛知県出身

音と塔にこだわった建築家

 

佐藤武夫は、福岡県立美術館の前身である福岡県文化会館を設計した建築家です。建築家は、住宅や学校、ビルなどの建築物を建てるときに、どういう建物を建てたらいいかを考え、使いやすさや安全性、見た目のよさなどをふまえて設計をします。ときには公園などの空間や、さらに広く街全体の景観について考えることもあります。

佐藤は建築家を志して大学に入学します。その才能を高く評価され、大学を卒業してすぐに先生のもとで早稲田大学大隈記念講堂の設計を担当しました。このことをきっかけに、劇場や音楽ホールで音がどのように響いているのか研究を始めます。実際に劇場などへ行き、空間での音の響き方や客席の場所によって異なる音の聞こえ方などを調べ、自身の設計の参考にしました。この研究の中で、音が反響して起きる日光東照宮(栃木県)の「鳴き竜」現象*の仕組みについても解明しました。
佐藤は劇場や音楽ホールなどを設計する第一人者として、市民会館や公会堂などを多く作りました。これらを設計するときの課題として、どの客席へも平等に音が届くこと、音が響いて残る時間を適度に保つこと、有害な雑音を生じさせないこと、の3つをあげています。

また、佐藤は「塔の佐藤」とも呼ばれるほど、設計した建物の多くに塔を作りました。
佐藤は「塔というものの発生は道しるべ」と述べています。また、古くから精神のよりどころとなるような建築物には塔があり街並みを作っていることから、新たに建築計画を立てるときにも塔を建てていきたいと考えていました。
さらに佐藤は、伝統的な建築には古くから受け継がれてきた考え方があり、それは「いつまで経ってもかわるものでもないし、いつまで経っても古くなるものではない」と考えていました。どっしりとした大きさを感じさせる古典的な建物のデザインは、記念碑のような役割を持たせることを目指したものです。

福岡県文化会館
福岡県文化会館 1964年


そして、建築はあらゆる人のものであり、とくに市庁舎や市民会館などの公共の建築物は、その町の歴史や環境、人々の思いに寄り添ったものであるべきという考えから、建物に使う素材は、レンガなどのその土地に似合うものを選んで使いました。伝統にこだわるだけではなく、建物が場所と調和するようにデザインすることも大事にしました。
福岡県文化会館の外壁には、筑紫結城や博多献上の帯など織物のデザインが取り入れられ、この建物自体が福岡県の文化の象徴となるように作られました。エントランスの壁面にレリーフ(平らな面に図柄が浮かび上がっている彫刻)を設置したり、館内に彫刻を設置したりするアイデアも佐藤によるものです。

外壁のタイル模様
外壁のタイル模様
《天地人》のうち「地」の部分
(奥)エントランスのレリーフ 伊藤研之《天地人》のうち「地」の部分

*「鳴き竜」現象:日光東照宮(輪王寺)の本地堂の天井に描かれた竜の頭の下で手を叩くと、ブルブルと振動するような音が反響し竜の鳴き声のように聞こえる現象

写真は全て『福岡県文化会館』(1964年発行のパンフレット)より転載